絶えず意欲的な仕事をつづけている市川崑監督は、こんどは島崎藤村不朽の名作「破戒」(大映京都作品)に取り組んでいる。彼の作品系列を見ると『ビルマの竪琴』、『野火』、『おとうと』と人間の孤独を追及した一連の作品がある。

 この『破戒』もその系列の作品にはいる。木下恵介監督の『破戒』はどちらかといえば、叙情的なタッチのものだったが、市川監督は、主人公の孤独を追求しながら、日本の悲劇の断面を描くのがねらいだそうだ。

 市川監督にとって『破戒』の映画化は長年の念願だけに、その配役にも慎重で、瀬川丑松に市川雷蔵、その友人土屋銀之助に長門裕之、猪子連太郎に三国連太郎、風間敬之進に船越英二、蓮華寺の住職に中村鴈治郎、その夫人に杉村春子、猪子の妻に岸田今日子、ヒロインお志保には新人藤村志保と、強力な配役を組んでおり、「この配役で、自分のイメージどおりになった。あとは宮川君(一夫=カメラマン)の横で笑っておればいい」とまでいいきっている。

 以下、張りきる市川崑監督の表情を写真で追ってみた。

 

 ベレー帽、めがね、たばこは市川崑のトレード・マークのようになってしまったが、珍しくベレー帽をかぶっていない。「映画の仕事は一年ぶりだよ。テレビの“破戒”では、自然の風景をとり入れるわけにいかないが、映画では、藤村の描いた詩と自然を求め、千曲川の周辺一帯にロケハンするつもり。ことしは雪が多くて大変だが、撮影の宮川さんにも白黒の陰影に富んだ画調で、丑松の孤独さを強調してほしいと注文しているんだ」と、うまそうにタバコを吸った。(円内写真)

 
写真@ ロケハンに慎重な市川崑監督(右端)は、宮川一夫らスタッフとともに、京都近郊をはじめ、大阪府下、滋賀、奈良県、福井県大野、勝山方面、長野県小諸、飯山方面と、足まめなロケハンで、明治三十七年ごろが時代だから、電柱が林立していてはおかしいという市川監督のイメージを満足させようと、ロケ地の選定にスタッフは四苦八苦している。
写真A 本読みする左から岸田今日子、長門裕之、藤村志保、市川雷蔵、市川崑監督、宮川一夫カメラマン、船越英二、潮万太郎、見明凡太郎、この本読みのとき、雷蔵は脚本を読みながら、そのセリフに感動して涙を流してしまった。雷蔵としては珍しいことである。それをみて岸田今日子がもらい泣きした。
写真B 撮影の前に、丑松の雷蔵、お志保役の藤村志保と日なたボッコする市川崑監督。藤村志保は大映京都の演技研究所の二期生、雷蔵の推薦で大役に抜擢されたが、市川監督は「雷蔵君が推薦するほどの人だから大丈夫だろう。お志保という役は、既成のスターでない新鮮なスターの方がいいんだ」と語っていた。 
写真C 撮影開始、丑松の下宿屋のセットだが、雷蔵と日活から借りてきた長門裕之とのからみだけに、市川監督の演技指導も慎重。「雷蔵君には堅さ、長門君にはやわらかさ、このふたりの演技の好対照をねらいたい」といっていたが、中折れ帽は似合わない、ハンティングに替えてほしいと、と頼むと、市川監督は「あなたはブルーリボン賞をとったほどの演技者だ。演技で帽子を克服しなさい」と、やはり中折れ帽でやることになった。写真右下がその帽子である。
  

 

Top Page