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再び世界に栄光をかけての撮影

セットは冷房装置で、スターも楽だが、さて楽でないのはお芝居という地獄の様な三日間

 オープン・セットは太陽光線を利用して、キャメラも監督もビーチ・パラソルの下に収まって!溝口健二監督は、持ち前のネバリ性を発揮して椅子にデンと構える。これは天然色映画撮影とあって、太陽、黒白映画の数倍のレフ(反射板)を使っての大撮影なのです!

麦わら帽子で陽よけのスター

 三方山に囲まれた盆地の故か、真夏の京都の暑さは格別である。その京都太秦の地にある大映京都撮影所では、今や大映カラー総天然色映画の大作『新・平家物語』が、巨匠溝口健二監督のもとにクランクを続けている。

 天然色映画のセットは冷房装置がしてあるからと思って、安心していたのだが、宣伝部へ寄ってその日のスケジュールを聞いてみると、なんと炎天下のオープン・セットで時信の館の場を撮影中とのことだった。

 覚悟をきめて、撮影所からほど遠からぬオープン・セットへ行ってみると、オープンに建てられた時信の館の庭のところどころに、華やかな色彩のビーチ・パラソルがあちこちに点在して、あたかも海水浴場へでも来たかのようだ。

 パラソルの下では、すっかり日焼けした顔の溝口健二監督が、大道具さんや小道具さんにあれこれ指示を与えているところだった。

 出演者の平清盛の市川雷蔵さんも、後に清盛の妻になる藤原時子役の久我美子さんも、その弟の時忠に扮する林成年さんも、皆、陽焼け除けのための大きな麦わら帽子をかぶっている。

 雷蔵さんなどは、衣裳をつけずに浴衣を着たままである。あれで本番になったらどうするのだろうと思って、スタッフの人に訊ねてみると、「もう午前中は本番を廻さずに、リハーサル(稽古)だけなんですよ」とのことだった。

 いかにも凝り性の溝口監督の面目躍如たるところである。立てかけた黒板のそのシーンでの清盛や時子、時忠の各々のセリフが書いてあるのも、他の監督の撮影のときには見られぬ光景である。

 その黒板のセリフを雷蔵さんが一心に見入っている。「じゃ、もう一度やって見ようか」と、溝口監督が声をかける。

 木に通した竹竿に、赤、青、黄などの美しい染糸がかけられている。その前の池で、久我美子さんの時子とその妹滋子役に抜擢された中村扇雀さんの実妹玉緒さんが、染糸を濯いでいる。

 その久我さんがふと顔を上げ、軍鶏を抱いて門口へ行こうとする林成年さんの時忠を「時忠・・・」と、はげしい口調で呼びとめる。そして、林さんの方へ馳け寄り「また、そんなものを抱いて行って・・・お寄越しなさい」「いいじゃないか、姉さん」「いけません・・・そんなものを蹴合わせたりして、お父さまのお名にかかわります」と、久我さん、林さんの手に持つ軍鶏を奪いとる。

 藤原氏一門とは云っても、正しく生きることを信念とする時子や時忠の父時信は、巧言を用いて栄耀栄華をすることをいさぎ良しとしないため、舘もくち果て、男まさりの時子が衣を縫って一家の生計をたすけているという状態だが、弟の時忠は軍鶏の蹴合せに夢中になっているのである。

 その時信の館のセットがあまりにも綺麗に出来過ぎたので、凝り性の溝口監督の気に入らず、またわざわざ所々壊したり、汚したりして感じを出したというエピソードもあるくらいである。

 そのシーンのリハーサルを終ってホットした顔の林さんに、「大変ですね」と、声をかけると、「いやあ、前から時代劇を演らしていただきたいと思っていたので、とても張り切っているんですが、ただ天然色の作品なので、陽焼けしては困るので、昼間の外出を厳禁されているのがいささかつらいですよ。もっとも夜出掛ける口実にはなりますけどね」と、学生気分の抜けきらない林さんは、いつも若々しく朗らかである。

 「今度の時忠の役ね、いわば平安時代の不良青年って云ったところですからね、どうも僕の地じゃあないんですけどねえ。僕はどちらかと云うと真面目一方の学生でしたからねえ」と、成年さん、このオープン・セットの猛烈な暑さにも、いささかもひるまずこんな冗談を飛ばしている。

 原作者の吉川英治氏も気に入ったという清盛の雷蔵さんは、太くつり上ったようなつけ眉毛もよく似合って、いかにも男性的な豪放な性格の清盛らしい。

 その雷蔵さんのメーキャップした顔に麦わら帽子といった奇妙なアンサンブルのまま、門からつかつかと入って来て、糸を濯いでいる久我美子さんの時子の手に、父の忠盛からことづかって来た時信への手紙を渡すまでの動きを研究している。