厖大な資料ととり組むクランク前の慎重な一日、右より溝口、市川、久我。

 

社運を賭した大映の総力で・・・

 吉川英治の原作によります「新・平家物語」は、昭和二十五年四月より「週刊朝日」誌上に連載を開始し、今日まで満五ヶ年と数ヶ月、二百七十余回に亙ってなお圧倒的な賛辞のうちに、好評連載中の戦後最大の長篇小説です。

 著者吉川英治の畢生の大作でありますことはもちろん、歴史小説としても従来の型を破って、新境地を開拓した稀有の野心作でありますことは、いまさら喋々せるまでもありますまい。

 したがって、その映画化も各社注目の激しい的となり、ついに大映がその独占映画化権を獲得したのでありますが、この未曾有の巨篇の製作にあたった大映では、さきに吉川英治を顧問とする「製作委員会」を設けて種々討議、決定脚本を完成するまでに、十数回もの改稿を行うなど、製作開始に慎重な準備をすすめておりました。

 今度、大映が製作する『新・平家物語』は、この大いなる原作の中より、青年清盛を中心として映画化するもので、これを映画『新・平家物語』の第一部とし、続いて第二部、第三部と連年映画化をつづけるもので、永田大映社長自ら製作指揮をとり、全日本の映画演劇界より最高最適のスタッフ・キャストを動員して製作する超大作であります。

 物語の背景は、今よりおよそ八百年前、世に云う源平時代であります。平安朝の絢爛は貴族文化も漸くにして崩れ去ろうとして、それに代って興ってきた新興武士階級の興亡が、当時の新時代を画した日本史上に於ける大転換期に当ります。これらの新興武家階級興亡の跡を回顧した日本文学史上の古典の傑作として残る「平家物語」が、種々の意味で「新・平家物語」の基になっている事は云うまでもありますまい。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり、沙羅樹の花の色、盛者必衰の理を顕す。
奢れる者久しからず、唯春の夜の夢の如し、猛き者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。・・・

 名調の序章からはじまる「平家物語」は、虚勢を自負する特権階級の公卿衆の崩壊の前夜の様に筆を起し、一世を風靡した平清盛、平家の栄華、それにまつわる様々のエピソードである「祗王と仏御前」「俊寛僧都」「小声」「横笛と滝口入道」等の秘話、ロマン、清盛亡き後の源平の合戦等を美しく哀れに謳った軍配物語であり、その中でも、屋島、壇ノ浦に亡んでいった平家一門の余りにもはかない盛衰興亡の跡を偲んだ物語であります。

 このほか、この「平家物語」と趣を同じうする軍記物「保元物語」「平治物語」「源平盛衰記」等の当時の代表的文学と、巷間に伝えられる当時の様々の逸話、そして史実とに基づいて新しい構想の下に相立てられ、人間相克、人生流転興亡の姿を描いて、惻々と現代人の胸をうたしめる小説として興趣豊かな劇性の中に、新たに書下ろされたのが、小説「新・平家物語」であります。

 そこには平清盛と、源義経といった親しい英雄たちがいる。彼らは新しい時代を作り、民族の歴史を大きく変えたのであった。彼らはロマンスの主人公であるだけでなく、民族の歴史の担い手であったのだ「新・平家物語」は民族の歴史のドラマの中に、彼らの悲劇と悲劇をとをもう一度見返そうという野心作と一部が批評され、“民族の物語の誕生”と云われているのを見ても、「新・平家物語」が如何に偉大な小説であるかも判るかと思います。

 夜のシーンに溝口監督は十八番のネバリを発揮して、指導を繰り返す!