デートは一回の映画見物だけ

といっても、恭子さんが、京都の鳴滝の雷蔵宅をしばしば訪れたのではあまりにも人目にたつので、二人のデートは、雷蔵の撮影が終わって東京へ出てきたときだけに限られた。

いままでは東京へ出てくると必ず帝国ホテルに旅装をといて先ず丸一日はホテルですごし、ゆっくりと仕事の疲れをいやす雷蔵だったが、“東京へくれば恭子さんに会える”という目的ができてからは、羽田空港へ着くと、そのまま目白の日本女子大に近い恭子さんのお宅に足が向いてしまうようになった。

お祖母さんと、お母さんの光子さん、それに恭子さんの三人家族といういつもの静かな遠田家では、その明るくて話題の豊富な好青年市川雷蔵を、芸能人としてではなく、本名の大田嘉男(よしお)個人として、心から歓迎し、彼が訪れると家中に明るい笑い声がたえなかった。

しかし、人目にたってはいけないという恭子さんのお母さんの配慮から、二人が連れだって外出するということはほとんどなかった。

こうした状態だったので世の恋人たちが公然と行なっているいわゆるデートと呼べるようなものはたった一度だけ。それもニュー東宝でドリス・ディ主演のスリラー映画『誰かが狙っている』を見て、軽い食事をしてすぐに帰ったというまことにあっけないものだった。

だから、二人のデートは、いつも遠田邸の一室で、しかもお祖母さん、お母さんをまじえた団らんの一刻だけに限られていたが、二人ともそれだけでじゅうぶんに幸福感を味わっていた。

二人から結婚したいう意志をはじめて打ち明けられた大映の永田秀雅専務は、そのとき遠田恭子さんが前々から芸能人ぎらいで通っていたし、雷蔵からはつい最近まで、そんな話は一度も聞いたことはなかったので、はじめて聞いたときは驚いたようだった。だが社長(永田雅一氏)から、

“恭子もそろそろ年ごろだから、いいお婿さんを捜してやってくれ、なんでも実業家か建築家のような人がいいということだから”

といわれていたので、どうしても市川雷蔵と遠田恭子という結びつきは考えられなかったようだ。しかし、話を知ってからは大へん二人の結びつきもまじめだし、雷蔵も大いに将来性のある人として買っているし、非常に喜ばしいことだと、二人の結婚に大賛成した一人だ。