映画にほれて

聞き書き 田中徳三監督

 市川雷蔵さん主演で撮った“濡れ髪シリーズ”三作中で、一番、愛着があるのが『濡れ髪牡丹』です。京マチ子さんとのコンビで、1961年の作品です。京ちゃんの色気ときっぷのよさに、雷ちゃんの軽妙さを組み合わせました。

 京ちゃんは大映に入社した時から知っています。『羅生門』(50年)や『雨月物語』(53年)を足掛かりに国際的スターになり、若尾文子さん、山本富士子さんと並ぶ大映の看板女優になりました。当時は、時代劇より、東京撮影所での現代劇のほうが多かったはずです。撮影中も東京と京都を往復していました。

 この作品は脚本が完成する前から、主演は二人に決っていました。京ちゃんの役は、3000人の子分を持つやくざの大親分です。威勢のいいたんかも切るし、大立ち回りも演じます。主役ですから、風格と貫禄がなければなりません。京ちゃんは押しが強かった。そのうえ、色気もあったので、ぴったりでした。

 <名のあるやくざの女親分おもん(京マチ子)はむこ探しを始めるが、名乗りをあげる男たちは剣術や算術など、幾多の課題をこなせず、ふんどし一枚で追い出される。そこに口八丁手八丁の飄太郎(市川雷蔵)が現れ、結婚するまでのドタバタ喜劇。>

 小道具にも懲りました。和傘です。冒頭、小林勝彦さんと小桜純子さんが会話する場面で、白い和傘がいくつも並べられているでしょう。あそこは脚本では桑田になっていたんです。ロケハン(ロケ地探し)でぴったりの場所がみつからず、土手に変えたのです。でも、ただの野っ原では芸がない。それで小道具さんに和傘をそろえてもらいました。よく見てもらえばわかりますが、完成していない傘なんです。ここ以外でも、カメラを俳優の頭上約10メートルに固定して、立ち回りを撮影しました。傘の動きによって様式美を出そうと試みました。

 前の二作と違い、より現代的なものにしようと思っていました。京ちゃんの子分役の大辻司郎さんがアドリブで英語のせりふを使っているように、当時の時代劇としては型破りの作品でした。雷ちゃんも僧侶になって読経したり、ほかの作品にないような飄逸な味を出しています。といっても、明るくきさくな飄太郎は日常の雷ちゃんそのものでした。

 この作品で強く印象に残っていることが二つあります。一つは、雷ちゃんが妻となった京ちゃんの尻にしかれるラストシーン。脚本を読んだ本社の意向として、撮影中「必要ない」と言われました。永田雅一社長の指示だったと思います。私と脚本の八尋不二さんは「主人公が親分の座を射止めるだけではつまらない。撮ろう」と強引に押し切りました。試写で文句を言われれば省くつもりでしたが、結果的にはOKでした。

 もう一つは、雷ちゃんのウインクです。何度やらせても彼は両目をつぶってしまうんです。見守っていたスタッフも大笑いしました。どんな役でもさまになるのに、たかがウインクにてこずるなんてね。演技以前の問題ですが、あの時の雷ちゃんの苦笑いは忘れられません。