押借り強請の小悪党

民門 こんどのは、セリフも舞台と同じものを云うわけですか。

伊藤 ええ、源氏店をそっくり持ちこんだらということなんだ。だから“しがねえ恋の情が仇・・・”とやりますよ。あれを抜くと、見に来た人が嘘だといいますからね。

寿海 そうでしょうね。それで売りこんだ芝居ですから。

伊藤 舞台ではあそこで、お富がお白粉の効能書きを云いますでしょう。第一稿では、上方でいま人気のある八代目市川雷蔵好みのお白粉でと云うのを入れてみたんですが、見物にこのシャレがわからないだろうし、悪オチがくると、後の芝居が浮くと思ったので、抜きました。

寿海 戦争ごろまでは、御園お白粉を云ってたんですが、それがなくなったでしょう。これにかわって、いまの片仮名を云うのは、どうもいけませんね。

伊藤 そうでしょうね。

寿海 舞台でもそうですが、蝙蝠安がなかなか面白いですね。

雷蔵 舞台でもやれるでしょう、この本だと。

寿海 できますね。

雷蔵 実説はあるから、真説浮名横櫛とかいって・・・。(笑)

民門 コマ劇場あたりでやりますか。

伊藤 おきまりで御用提灯も出るし・・・。

民門 屋根にも出るんですか。

伊藤 屋根には出さない。

雷蔵 与三郎が屋根から逃げるんです。御用提灯は狐火のごとくまわりを囲み・・・。(笑)

民門 こういう楽しい時代劇はいいね。

伊藤 楽しいどころか、たいへんだよ。

民門 先生は苦しくても、こっちは楽しいですよ。(笑)

伊藤 第一、与三郎は姦夫でしょう。悪いことばかりしていて、前の女が妾になっているところへ強請をかけるんだから、これ、いやな芝居ですよ。

雷蔵 考えてみるとほんとうにそうですね。

民門 それでいて、押し借り強請は習おうよりと威張るんですからね。狂言では、お富を強請ったあとも、番頭の藤八を葛篭に入れて、これでまた押し借りに行くんですからね。

寿海 こんな小悪党は江戸時代ならいくらもいたんでしょうね。私が子供の頃にも、手拭を持ったのが家へ来たのをおぼえていますよ。

雷蔵 手拭てなんです。

伊藤 手土産がわりですがといって、手拭を出すんだよ。すると家の方では、これはもらったも同然ですからと、手拭の上にいくらか包んでやる、いわば強請だよ。

民門 変にさからうと居直るからね。