一瞬の眠りに陥らせて一刀で斬り下げる

眠狂四郎無頼控

眠狂四郎・武部仙十郎・美保代・鼠小僧次郎吉

文 ● 寺田 博

 

 
 背を見せてゆっくりと歩み去っていく着流しの浪人姿 − 市川雷蔵主演の映画「眠狂四郎」シリーズ十二作全体に共通するラストシーンである。いうまでもなくその直前の場面では、狂四郎があみ出した円月殺法の極意で敵をバタバタ斬り倒す。原作でも、“しずかな足どりで”時には“流行り唄をひくく口ずさみ乍ら”歩いている狂四郎の描写が少なくない。動から静へ急転換する剣豪小説の一つの典型といっていいだろう。

 この一世を風靡した柴田錬三郎の「眠狂四郎無頼控」が現れたのは、昭和三十一(1956)年五月八日の「週刊新潮」誌上だった。この年、就職した矢先で、通勤途上の電車の中で週刊誌を読むことをおぼえたばかりだった。週刊誌の連載小説を毎週読むという体験も初めてだった。三十三年三月三十一日号までに掲載された百話を読み始めると、連鎖的に記憶もよみがえってきた。

 現在も書店で新潮文庫版が購入でき、貸しビデオ屋に十二本の大映映画も備えられているので、改めて紹介するのも気がひけるが、戦前からのちゃんばら愛好者にとっては、五味康祐の「柳生武芸帖」とともに、この作品は画期的だった。立ちまわりの描写も、登場人物の心理の動きも、江戸時代の粋を表現する言葉も斬新で、強く皮膚感覚に訴えてきた。何かヒリヒリするような快感があった。

 眠狂四郎は、ころび伴天連のオランダ人が復讐のために犯した娘から、隠し子として生まれた。十五歳で母と死別し、渋谷の丘陵に埋葬。二十歳のころ、憑かれたように剣法修行に打ち込んだ末に、おのれの素性を究明すべく長崎へ行き、その帰途、船が風に巻かれて難破し、孤島に泳ぎついて、おそるべき腕を持つ老剣客と出会う。一年余の滞在で剣の天を完成し、円月殺法をあみ出す。孤島を去る時、老師は極意秘伝書のかわりに、無想正宗一振を与える。

 市川雷蔵の映画では、この出生の秘密は謎めかしているが、原作では意外に早く、第九話「悪魔祭」で明らかになる。それによると、毎夏、どこかの色年増が臍に黒い十字をぬられて殺される事件が発生することを聞きこんだ狂四郎が、かって犯し今は相愛の美保代を囮にして襲わせ、尾行すると、元大目付松平主水正の旧屋敷にたどりつく。その邸内の寺院本堂のような板の間で、老いた黒衣の異人を中心に、黒覆面をした男が十人あまり円陣をつくって、美保代を台板にしばりつけていた。この日は八月十一日、切支丹における聖十字の日で、ころび伴天連は女の犠牲を悪魔にささげ、毒酒をあおって憎悪の呪文をとなえる黒弥撒を行おうとしていた。

 その老いた異人こそ、元大目付松平主水正の拷問を受け、踏み絵を命じられてころんだオランダ人ジュアン・ヘルナンで、ころばせた主水正に復讐を決意して娘を犯し、狂四郎を生ませたのである。堂内に斬りこんだ狂四郎は、すべての敵を斬り伏せ、老異人に向かって「老いぼれ!貴様の犯した娘が生んだ子が、このおれだと知れ!」と叫ぶと、老異人は朽ち木のように倒れ、息絶える。