信長をめぐる撮影余話A

 力が入る出演者

名馬“鶴姫”の急死

 奈良の飛火野での桶狭間の合戦シーンから、より一層の迫力を求めて、富士の裾野での壮大な乱闘場面を撮影したが、ここは黒沢明監督が『隠し砦の三悪人』で、三ヶ月の長期撮影を行ったところ。現地から求めた将兵になるエキストラ百余名。同数の馬も黒沢監督の“”演技指導で、すっかり手馴れていて思わぬ拾い物だった。だが、思わぬ事故が起こってしまった。それは、雷蔵の乗馬“鶴姫”が急死してしまったことだ。

 大映創立以来、いまは東映の千恵蔵、右太右衛門から、長谷川一夫、雷蔵の乗馬専用の馬となっていた二十歳の老馬で、“スタート”の合図で動き出し、“カット”といえばピタリ止まるという、下手な役者など、とても敵わない名優(馬?)ぶり。

 今度も雷蔵の信長を乗せて元気な姿を見せていた。ところが、雷蔵が愛馬を駆って、山野を疾走するシーンの最中に、雷蔵を乗せたままバッタリ前脚を折ったと思ったら、手当のかいなくこと切れてしまった。老齢からの一種の心臓病だが、檜舞台で倒れた名優を思わせる、名馬に相応しい劇的最後だったという。手厚く葬ったが、

 「せめて、桶狭間の合戦(御殿場ロケ)に出陣させてやりたかった」

 と雷蔵は嘆いた。

 大映は数多のスターを乗せ、教えずとも先頭を切って走った名馬の急死に、大きな痛手だと悔しがっていた。