濡れ髪三度笠

1959年8月1日(土)公開/1時間38分大映京都/カラーシネマスコープ

併映:「醤油」(記録映画)

製作 三浦信夫
企画 浅井昭三郎
監督 田中徳三
脚本 八尋不二
撮影 武田千吉郎
美術 内藤昭
照明 岡本健一
録音 林土太郎
音楽 飯田三郎
助監督 池広一夫
スチール 西地正満
出演 本郷巧次郎(長之助)、淡路恵子(お蔦)、中村玉緒(おさき)、楠トシエ(おとし)、中田ダイマル・ラケット(喜多八・弥次郎兵衛)、和田弘とマヒナスターズ(宿の若衆)、千葉敏郎(岩間五郎太)、伊沢一郎(松平伊豆守)、水原浩一(川辺甚之助)、本郷秀雄(徳川家斉)、小川虎之助(久保寺平左衛門)
惹句 @『銭では買えない男の意地に、惚れて捨てたは大名稼業風来坊と若殿の明るく楽しい喧嘩旅』A『将軍家の若君がやくざ志願雷蔵兄貴のくたびれること・・・・剣も笑いも型破り』B『グッといかせる雷蔵の魅力アッといわせる事件の連続恋と笑いと剣の冴え』C『新らしうござんす、腹が減るほど面白うござんす』D『恋のしずくに、たぶさが濡れる男度胸の三度笠投げたサイコロお江戸まで、美男やくざが斬りまくる』E『弟分の若君にやくざ剣法のお守り役殺し屋なんぞ恐くはないが、恋の追手が気にかゝる』F『恋は気まかせ旅まかせ腹が減ったらサイの目まかせ売られた喧嘩はドスまかせ

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★  作 品 解 説  ★

★『濡れ髪三度笠』は大映専売ともいうべき明るくて楽しい新時代劇を、美しい大映カラー総天然色で描く娯楽大作です。

★大作一本立製作を標榜する大映に於て、新人監督の場が少なくなるだろうという一般の杞憂をものの見事に打破って、『化け猫御用だ』『お嬢吉三』で非凡の才能を認められた田中徳三監督が、颯爽とその若さ溢れるメガフォンをとることに、まず、大きな期待がかけられます。

★脚本はベテラン作家八尋不二の快調の筆により、撮影の武田千吉郎、録音の林土太郎、美術の内藤昭らの若く優秀なスタッフ揃いと、音楽の飯田三郎、照明の岡本健一、編集の菅沼完二らのベテランとのチームワークは、作品をいやが上にも完璧なものにするでしょう。

★出演者も市川雷蔵の痛快颯爽な旅鴉、本郷功次郎のドライな将軍の若君、淡路恵子の鉄火肌な姐御、中村玉緒の純情な田舎娘と、若いキャストを中心に、楠トシエ、中田ダイマル、中田ラケットらの多彩な顔触れが、時代劇初出演の和田弘とマヒナ・スターズの参加によって、一段と賑やかさと明るさを増します。

★これに加えて、千葉敏郎、伊沢一郎、水原浩一、本郷秀雄、小川虎之助といった芸達者がからんで、作品の興味は更に幅と奥行きを加えることでしょう。

★物語は、腕っ節が強く情にもろいやくざの旅鴉と、ドライで坊ちゃん育ちの将軍若君との、奇想天外で痛快な股旅道中をこの二人の性格的なコントラストに描き、これに多彩な人物が絡まって、サスペンスに富んだ明朗な事件を展開して行くもので、ラストの一コマまで、若さと明るさの満ちた作品となるにちがいありません。

★市川雷蔵と淡路恵子の初顔合せ、時代劇の新スター本郷功次郎の大役抜擢、マヒナ・スターズの時代劇初出演などいろいろの話題をはらんだこの一作は、新人監督のホープの田中徳三が、今度はどんな才能を発揮するか注目にあたいする作品です。(公開当時のパンフレットより)

スタヂオマイク

新“喧嘩コンビ”誕生か 雷蔵・淡路の明るい初顔合せ

 市川雷蔵がお得意の明朗でしかも痛快な旅鴉を演ずるのに対し、珍しくも淡路恵子が、この旅鴉に生命までもと惚れ込んで、何処までも道中を追って行く鉄火肌の姐御役で、興味ある初顔合せをすることになった。いうまでもなく、雷蔵も淡路も若いながら揃って演技賞受賞に輝く演技派スターたちだけに、画面の上で両者の火花を散らす演技の噛み合いが、けだし見ものというところ。

 初対面と思いきや、この二人は以前に一度だけ逢った事がある間柄だった事が判明、俄然会話は明るく発展して行った。開口一番、雷蔵が云い放ったことが「やっと思い出した。淡路さんとは、僕がまだ映画に入らない頃に、一度麻雀をやった事がある。あの頃は淡路さんも若かった・・・・。もっとも今でもお若いけれど・・・。」という挨拶。「あの頃の雷蔵さんは全然無口で、顔にブツブツの出来た坊やだと思ってましたわ」と、淡路も懐旧の情にわく、現代劇出演の多い彼女にとって本格的な時代劇といえば、去年の夏同じ大映京都の『鬼火燈籠』以来二度目だが、今度は出演シーンも多くて本格的中の本格的というところ。

 「ひとに恋されるなんて役は、私の柄じゃないので恥かしいけれど、今度のように好きで追っかけるのは、たとえこちらがきらわれたって気が楽でいいわ。なるほど雷蔵さんのような美男子を追っかけるのなら無理はない、と思われるでしょう」と、役についてもザックバランに語っている彼女、雷蔵を坊や扱いにしてお姉さんぶっていても彼より二年の年少だが、相手が“云いたいこと云い”で、映画界に鳴る雷蔵だけに、この雷蔵・淡路の新コンビは同じ雷蔵の対山本富士子、対嵯峨三智子ともちがった味の、明るい喧嘩コンビになりそうである。

★  物 語  ★

 十一代将軍徳川家斉の第三十八番目の若君長之助は、幼少より岡崎藩に預けられ、居候的な生活を送っていたが、思いがけない吉報が舞い込んできた。全くヒョンなことから、将軍と親子対面の上、甲州鷹取藩五万一千石の城主に封ぜられることになったのである。この報に感泣したのは、これまで長之助を庇護し続けて来た老臣久保寺平左衛門で、早速質素な伴揃えを仕立て、自分ともども長之助に従って江戸への旅に立った。

 一方、老中堀尾備前守は、自分の娘の生んだ家斉の若君を鷹取藩主に推挙するため、長之助の道中を扼してこれを抹殺しようと計り、ひそかに岩間五郎太を首領とする腕利きの暗殺団を街道に放った。果せるかな、長之助一行は初日の道中で早くも彼等の銃撃を受け、平左衛門は警戒をきびしくしてその夜の泊りについた。

 この長之助一行と前後して江戸へ急ぐ旅鴉、濡れ髪の半次郎は、以前岡崎で長之助の危難を救ったことがあったが、この若侍がまさか将軍の実子だったとは夢にも知らない。また、この半次郎に惚れ抜いて、道中を追っている鉄火肌の女お蔦があり、呑気な大阪者の二人旅弥次喜多も同じ道をとっていた。

 半次郎は同じ宿で、年貢の金に困って島田宿へ身売りの旅にある田舎娘おさきと知り合い、一緒に花火見物に出かけて、たちまちお蔦の嫉妬を買ったが、同じ河原へ一人で抜け出してきた長之助はこのおさきと逢って一目で互いに心の触れ合うのを感じた。この時、長之助らの身辺に刺客の群れが殺到、おさきの悲鳴に駆けつけた半次郎は、単身乱刃の中へ割って入り、鮮やかに殺し屋たちを追っ払った。

 次の日、山道で長之助らの行列を待伏せていた刺客団は、道に迷い込んできた弥次喜多を口封じのため捕えたが、目ざす長之助は行列から外れ、やくざ姿に変装して、半次郎、お蔦、おさきらの一行にまぎれ込んでいた。その夜長之助は半次郎に、刺客の目をくらます一策として、兄弟分になってくれと話を持ち出したが、侍のようなやくざのようなこの長之助の言葉には、さすがの半次郎も食われ勝ちの有様だった。その長之助は、おさきの身の上話で、初めて民百姓の苦しさと、安易な大名生活との矛盾を痛感したが、二人の間はいつしか離れ難いものになっていた。

 だが、同じ夜、刺客団は再び長之助を宿に急襲し、その鋭い太刀先に平左以下の供侍は見る見る斬り倒されて行き、すでに全滅に瀕した。この時、疾風のように駆けつけた半次郎のやくざ剣法は、お蔦の応援よろしく、長之助を助けて殺し屋たちを見事に追い散らした。この乱闘で重傷を負った平左衛門は、半次郎に長之助の身分をはじめて明し、どうか無事に江戸まで長之助を送り届け、将軍と対面させてくれ、と頼んで息絶えた。半次郎は愕然としたが、平左の臨終の頼みを、生命を賭しても引き受けようと決心した。事情を知らぬお蔦はこの半次郎の酔狂さをなじったが、半次郎は取り合わず、おさきを彼女に預け、自分は長之助と別行動を取った。すなわち、宿場宿場の泊りも、お蔦たちは旅籠に泊め、自分たちは警戒のきびしい土地の貸元の許で草鞋をぬいでいくことにした。

 おさきの売られる先、島田の宿を川向うに隔てた金谷宿まで来た時、大井川は大雨で川止めとなった。売られるまでのわずかの間に生甲斐を感じているおさきの憐れな心情を思いやったお蔦は、おさきと長之助を逢わしてやろうと、土地の貸元の家に連れて行ったが、その帰途、いよいよどたん場に追い込まれてきた刺客団一味はこの二人を捕え彼女らを囮りとして長之助をおびき出そうと計った。半次郎らの許へその使いにやらされた弥次喜多は、逆に彼等の奸計の罠を知らせた。

 半次郎は一策を按じ、単身彼らの待つ酒倉へ乗りこんだ。そして同じ金や仕官が目的で人殺しを請負うのなら、率のいい方へつけと説き、長之助が鷹取藩主になった暁には、備前守の条件の倍額、百石で召抱えると約束して、彼らをまんまと味方につけてしまった。お蔦やおさきは長之助の身分を初めて知って愕然とした。

 川止めで所在ない宿の中では、旅芸人のおとし、宿の若い衆らの歌が、旅愁をそそったが、上機嫌の長之助は半次郎の働きを賞して、一千石の家老に取立てようといった。半次郎は途端に怒り、長之助をなぐった。礼がほしくて生命を賭けたのではない、男の心意気は五万石でも買えるものではない。そんな奴との道中はもう真っ平だと泣いて怒ったのである。そしてお蔦に、もう長之助の生命を狙う奴もいない、お前が江戸まで送ってくれといって、一人で宿を飛び出してしまった。半次郎の言葉に人の心の真実を知った長之助は、おせきに自分の肌付き金五十両を与え、これで年貢を納め、幸せに暮らせ、と尽きぬ別れを惜しんだ。

 そしてここは箱根の関所。備前守の密命を受けた腹心川辺が、厳重な警戒を布いて長之助を待ち伏せていた。お蔦は長之助と夫婦を装い、必死になって一世一代の大芝居を打った。しかし、ついに、鋭い川辺の眼を免れることが出来ず、絶体絶命となったが、この時風のように飛び込んで来たのはおさきをつれた半次郎だった。彼は、一旦別れたものの長之助の身を案じて追って来たのである。彼はいきなりお蔦に平手打ちを喰わし、妹の亭主を寝取りやがったといい、長之助にも可愛いおさきに泣きをみせたなと怒鳴りつけた。あまり真に迫ったこの半次郎の芝居に、さすがの彼らも疑いを解き、通行を許した。

 だが、間もなく欺かれたと覚った川辺はよりすぐりの剣団をひきいて、群狼の如く追い迫り、半次郎は只一人踏み止って、手傷を負いまがらも奮戦した。折から更に新手の一隊が近づいて来、長之助も絶望におちいったが、意外、それは先に長之助の方へ寝返った殺し屋の一味で、彼等は新しい主君長之助への忠勤の見せどころと、切先を揃えて川辺の剣団に斬り入った。

 かくて、一行は無事に老中筆頭松平伊豆守の江戸屋敷に着いた。だが、長之助は今や五万石の大名となるより只の人間として生きたい気持ちで一杯だった。これに対し、半次郎は民百姓のことを考える立派な殿様になってくれとさとし、長之助は涙の中にうなづいた。だが、将軍と対面の席上、事破れた備前守が長之助に向ってあてつけた、やくざとも交際がおありだそうだ、の一言に、ジロリと一瞥した長之助は「備前守さん、お控えなすって・・・・」と見事なやくざの仁義と啖呵を切って、満座の中で備前守を完膚なきまでにやっつけると、家斉に向って、謹んで大名になることを辞退したのである。

 今ごろは御対面の頃だと、半次郎、お蔦、おさきなどが品川の宿外れで語り合っている時「おーい兄い」と駆けつけてくるのは、それこそ地位も身分もなげうって、人間として生きようとする長之助の晴々とした姿だった。(DAIEI PRESS SHEET NO.856 大映本社宣伝部発行 より)

【  証 言 】

田中徳三監督の抱負:「芸術づいたものでなく、明るく面白いものにして行くつもりですが、とにかく先ず若さを出したいものです。半次郎と長之助の性格を大雑把に分けると、ウエットとドライになり、この対照を面白く描けたら成功だと思う。雷蔵さんに関しては、むしろこちらが助言してもらうくらいなものでしょう」(

市川雷蔵の抱負:「半次郎については、やくざの全てを半次郎に集約して表現したい。だから見る人によって馬鹿だな、とも、良いなとも思われるでしょう。本郷君については、『次郎長富士』で一寸顔を合わせただけで、今度が始めてのようなものですが先輩とか後輩とかいうのでなく、大いにファイトを燃やし、負けないようにやるつもりです。みんなで議論しながらやっていきたいものです。そして、若さや活気が、いろいろな画面を通してにじみ出るような、若い人の共感を呼ぶ映画に是非したいもです」(よ志哉12号より

 『濡れ髪三度笠』は、以後“濡れ髪”ものというシリーズを作り出したし、彼独自の味わいを出したユニークな作品であると同時に、田中徳三という新人監督が、この作品によって、一躍トップクラスにおどり出た、という意味でも意義がある。田中にとっては“濡れ髪”ものは因縁があって、その第三作の『濡れ髪牡丹』では、京大の桑原武夫を中心にした加藤秀俊、梅棹忠夫、樋口謹一、多田道太郎等々の人文科学の学者グループで作っている「日本映画を見る会」からも、その年賞を贈られることとなった。最初の『三度笠』では、この他に本郷巧次郎という、若くて素直で毛並みもいい新人をクローズ・アップさせることにも成功したことも、また収穫のひとつである。

 このシナリオで、本郷の役は、将軍の何十番目かのお妾の子で、大名に預けられている厄介者で、雷蔵の方は、長年やくざの飯を食っている渡り鳥という設定である。その二人が、或る機会から一緒に旅をするようになる。ところが、この二人の性格だが、雷蔵の方は、やくざの苦労人だから、世渡りも利口なはずだのに、そうではなくて、融通のきかない現代風のチャッカリ青年、と常識を引っくり返したのが成功したらしく、二人の好演もあって、大変うけた。特に雷蔵は後輩の本郷の引立役を勤めたが、これは、勝が田宮二郎を引立てたのと共に、好一対でまことに気持ちのいいことである。(八尋不二『百人の侍』朝日新聞社刊より)

詳細はシリーズ映画、その他のシリーズの『濡れ髪シリーズ』参照

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