大学の先生も笑わせた、最もハイブロウなパロディ時代劇
8人の侍が作った「チョン髷をつけた現代劇」
「日本のインテリが西洋ものしか見ずにいて、日本映画の低俗をあざ笑う無責任さに、私たちは組しえない」として、京都大学人文研を中心とする学者グループが日本映画を見る会を結成し、評論活動を行うとともに毎年ベストテンを選び、昭和33年からは上映会も開催。普通の名作には見向きもせず、萬屋錦之介(中村錦之助)主演『一心太助・男の中の男一匹』などの娯楽映画を高く評価して上映していた。
この会の中心メンバーだった桑原武夫をして「こんな楽しい映画があったのか!」と目からウロコを落とさせた傑作が、市川雷蔵主演のパロディ時代劇“濡れ髪”シリーズだ。ライバルの錦之介も雷蔵との対談のなかで“濡れ髪”シリーズ第3作はほんとに面白いと感心していて、京都の映画人の間でも話題になったらしい。シリーズは1作ごとに主役の名前も役柄も変わるが、基本的には股旅映画のパロディである。
昭和初期、京都鳴滝に住んでいた山中貞雄、稲垣浩ら8人の若い監督や脚本家たちが鳴滝組を結成。彼らは梶原金八の共同ペンネームで斬新かつ軽妙な時代劇を書き、その作品は「チョン髷をつけた現代劇」と評された。梶原金八のひとりだったのが八尋不二。彼は戦前すでにマキノ雅弘監督のミュージカル時代劇『鴛鴦歌合戦』などパロディ調の脚本を書いていたが、戦後はそれをさらにエスカレートさせたパロディ時代劇を量産。そのひとつが市川雷蔵の“濡れ髪”シリーズであり、雷蔵と勝新太郎が狸に扮したミュージカル時代劇『花くらべ狸道中』であった。
コメディアンより面白い市川雷蔵の七変化
“濡れ髪”シリーズのギャグやパロディの一端を紹介すると、セリフは現代語で流行語も多用。「近頃はやりのファニーフェイス。ちょっとイカス」てな調子。縁日の回転円盤遊戯とはすなわち現代のルーレット。実際、江戸時代にも似たような遊びがあったらしい。しがない役人たちが職場でプラスチック製のカラー算盤をはじいていると大名時計がピッピッピッポーンと時報を告げて昼休みのサイレンが鳴る。旅芸人一座が街道を通ると旅人が「スリーキャッツが出とる。見ていこ」などと人気歌手も登場。「苦みばしったいい男」とおだてられた雷蔵が「そうらしいな、みんながそう言うよ」と、しゃあしゃあと答えたり、市川雷門なる歌舞伎役者に変身したりするセルフ・パロディの楽しさ。
雷蔵には七変化の才能があった。シリアス映画ではスパイや殺し屋が変身、変装し、町人や武士がヤクザへと転落していく、その変わり身の落差を見事に演じた。そしてコメディでは殿様が旅鴉や町人に変装したり、果ては狸が弥次喜多に化けたりした。マジメな二枚目がちゃんとできるからこそ、そのパロディがよけい楽しいし、ただの楽屋オチや一発ギャグにはない普遍性を持つ。だから“濡れ髪”シリーズは、つまらないコメディアンの喜劇と違って古くならない。よくもこんなにモダンでハイブロウなコメディを作れたものだと感心してしまう。
なお、第3作は題名に“濡れ髪”が付いていないがシリーズとして作られた。他にも、雷蔵のパロディ時代劇は『陽気な殿様』『おけさ唄えば』など何本かあり、特に楽しいのが池広一夫監督『影を斬る』という作品。ちなみに、その脚本の小国英雄は萬屋錦之介主演の『森の石松鬼より恐い』という傑作も書いていて、これが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に似て、もっと面白いSFコメディ時代劇(!)なのだ。(藤田真男、99年ネコ・パブリッシンク、「昭和30年代のヒットシリーズ上」より)
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