雷蔵さんへ

 

映画ファン 58年11月号

 

  雷蔵さん『炎上』おめでとう御座います。私は小説の吾市と同じ身分です。寺の子です。学校でドモリよあの子≠ニ人から云われる時は、黙って目をつぶっています。自分の考えている事の1/3も話せず涙が出る時があります。

 だから母に昨日『炎上』へ連れていってもらった時、父の位牌を胸に答える事を知らない驟閣に向って涙を流していた吾市の姿、私はあれが私達の姿の様に思えました。悲しい時、誰にも自分の悲しさを伝える事の出来ない私です。力一杯に自分の悲しさを伝えてもたいがいは聞いている人が笑い出すか、「何を云っているか分からないが、落着いてから云いなさい」と云われます。私はそんな時、一人で近所の小川の土手に行きます。自分を笑わない小川はちっとも答えてくれません。でも私はそんな小川とお話する時間が一番好きです。

 私は『炎上』の映画を見て、少なくも今日迄私達の姿を見て指さして笑っていた人達が私達に、本当の心を持ってお話して下さる人が出て来てほしいです。私は今そのようなお友達を持っているんです。吾市の気持もよく分かります。心から信じるお友達のいなかった吾市の気持、私にはよく分ります。

 私は夏休みなので、田舎に帰っていて雷蔵さんの『炎上』の撮影を見ていました。大原野の小学校でしたね。じっと一人座っている吾市を取りまいて皆が「こいつはドモリ」

リなんだ」と云って大声で笑っている場面です。私はそれを見て、一人で走って帰り裏山に登り大声で泣きました。初めは映画までもが私達を馬鹿にすると、くやしくてひとりでに涙が出てしまうんです。

 それから家に帰り大阪で近所のおばさんにナイターへ連れていってもらった時、出ておられた雷蔵さんの姿を見て大原野の事を思い出していました。雷蔵さん、吾市の役をやりとげて下さって本当にありがとう。私達のお友達になって下さいね。おねがいします。

 私は今の金閣寺が大好きです。少なくも私達には答えぬお友達の一人です。見ていると心の中まですきとおる様です。私も金閣寺を燃そうかな・・・と考えました。あの美しい金閣寺を私のものにしたい気持は本当にあります。でもね、私一人の考えでこの二本の多くのドモリを苦しんでいるお友達の人を苦しめたくありませんもの。金閣寺をもし私が焼けば、多くのドモリの人達は皆、私の様な考えを持っていると考えられて、罪人扱いになるかもしれません。

 又私は少なくも吾市ほど気が弱くはありません。自分の身体をもっと大事にしているつもりです。それに何より誰にも分かってくれなくてもやさしい母さんが私にはいます。私は『炎上』を見て、もっと堂々と世の中を生きて行こうと思いました。

 雷蔵さんはきっと吾市の役で苦しまれたでしょう。『炎上』の時の吾市を思い出される時、私達の事も思い出して下さいね。お願い致します。そして又現代劇に時々出て下さいね。

 もしお返事を下さるんでしたら、私一人じゃなく多くの不幸な人達が、はげましに読んで下さるよう「映画ファン」の誌上に下さいませ。お願い致します。

 さようなら b子