なんでも、しゃべりましょう


       

ぼんち役の冒険

 山本 崑さんが雷蔵は『ぼんち』の主人公にはミス・キャストだといっていらっしゃることに対しては?

 市川 ぼくもそれはほんとだと思っているんですよ。あれを市川監督の例の逆説だという人もあるんですよ。しかしぼくは真説だと思いますね。ぼくに、『ぼんち』のあの喜久治的なぼやーっとした性格のないことはほんとです。しかしぼくは役者なんですから、自分にははまらない役にでもぶつかって、一つ冒険をしてやろう、違ったものをやってやろうといった気持があるんです。しかし、市川先生のおっしゃるミス・キャストというのは、うなずけますね。ぼくは律義すぎるんだそうですよ。(笑)

 山本 なるほど、そこで雷蔵さんの意欲はまたいちだんと燃えるわけですね。

 市川 ええ、つまり未知数の面白さですかね?最初からこうと結果の割りきれてるような企画を苦労して会社へ持ちこむこともありませんからね。

 山本 プロデューサーとしては?(笑)ところで、役者としての雷蔵さんが、この役で一番やりがいのあるところは?

 市川 やりがいのあるところといえば、全篇やりがいがあるともいえるし、やりがいがないといえば、これまた全部そうかも知れない(笑)。というのはね、つまり各エピソードに出てくる相手の人物に、ぼくは下手をすると場面的にさらわれるおそれがあるといことなんです。お祖母さん、お母さん、そして次々と喜久治の相手の女性が登場するでしょう。そのなかに喜久治の人間が描かれてゆくわけですが、下手をするとそういう女性軍に影を薄められるおそれありですよ、喜久治という男は。

 山本 そのコワイ女性軍の配役はどんな人たちですか?(笑)

 市川 お母さんが山田五十鈴さん。お祖母さんが毛利菊江さん。

 山本 京マチ子さんは?

 市川 お福です。若尾(文子)さんが芸者のぽん太、競馬狂の比沙子が越路吹雪さん、幾子が草笛光子さん、最初に結婚した弘子が中村玉緒さん。

 山本 ほんとうに、錚々たる女性陣ですね。男性のほうは?

 市川 お父さんが船越英二さん、鴈治郎さんが落語家春団子。それにぼくの子供の一人の太郎が成長したのが林成年くん。

 山本 へえ・・・(笑)。原作でぽん太が生んだ子供ですね。

 市川 あんなまるい子生んだ覚えがないんだけれど。どうも親に似ん子が生まれましてな・・・。(笑)

 山本 原作読んでると、おしまいはちょっと放蕩文学のような感なきにしもあらずですが、シナリオでは、喜久治の環境に対するレジスタンスみたいなものも出ているようですが・・・。

 市川 レジスタンスもあるかもしれませんが、ぼくは結局喜久治という男はエゴイストだと思いますね。ときには祖母や母に反発を感じながらも、やっぱり船場のしきたりのなかでぬくぬくと生きて最後まで変わらないんですから。