大晦日

 この日は日本でいえば大晦日なのだが、日本のそれとは違って、底抜けに明るく楽しい。昼間から威勢よく花火が鳴り、五色玉がはじけ、何千という人が歌い、踊る。この騒ぎが夜まで続いて、いよいよ元旦を迎える十二時近くになると最高潮に達する。

 人々は純白のタキシードを着て街中で『蛍の光』を奏で歌う。そして十二時になった途端、また盛んな爆竹、花火。広場に集まった人々はお互いが知っていようがいまいが、おかまいなく会う人ごとに「ハッピー・ニュー・イヤー」といいあう。もうその頃は、ホノルルの街は花火の煙でいっぱいになってしまう。こうして元旦の朝、四時ごろまで楽しく新年を祝うのだ。

 なるほど、こういう年の迎え方もあるのかと驚いてしまう。ボクも一時過ぎまで、同行の福山、松岡の両氏やファンのみなさんとともに楽しく過ごした。

(平凡60年3月号より)

国際劇場

舞台のソデで・・・

 映画は正午から始まり、私の踊り「お祭り」は二時十五分から四回、終演は九時半になりました。毎日どの回も満員で興行的にも大成功でした。

(「よ志や15号より」)

★正月の三日間、私がショーをした国際劇場は、大映映画の封切館で、他の日本映画封切館にはない、広い駐車場を持った定員千五十人の立派な劇場である。外国では、どこでもそうなのだが、法律が定員以上の入場を禁じているので、一日四回の舞踊「まつり」を見てもらえたのは、三日間で約一万三千人ということになる。

 演しものは、江戸時代の町火消しの扮装で日本からもっていった背景の前で踊ったのだが、みんな、たいへん静かに見ていてくれたが、片肌ぬいで、入れずみの肉を見せると、一瞬、異常などよめきの起ったのは面白かった。

( 「時代映画」60年2月号より )