表の仇をー
撮影も大詰に近づいた一夜、大映京都の東オープンに建てられた吉良邸表門及び裏門の大セットで勇壮な討入シーンが日没を待って敢行されましたが、現代劇陣の川崎敬三(勝田新左衛門)、北原義郎(間十次郎)、品川隆二(大高源吾)たち、みんな例の凛々しい義士の狩人姿ですから嬉しくてたまらない風情で、その道の先輩勝新太郎に、刀の抜き方、おさめ方などを習って、撮影前から大ハシャギでした。
そこへ小道具係が、見たところ四十五貫目もありそうな(大掛矢、木槌の親玉のようなもの)をウンスコ云いながら持って来て、品川隆二の前へドッコイショと置いて行きました。
そこで彼はうらめしげに「やっぱり僕はこれを持たねばならないのですか」と呟くのを小耳にはさんだのが、総大将大石内蔵助の長谷川一夫先生でした。
「そりゃ、君、大高源吾が掛矢で吉良の門を破ったというのは史実に残っているのだから・・・」と、いうわけで、役得ならぬとんだ役損を背負い込んで大奮闘した品川君でしたが、やがて表門の撮影が全部終り、表門の方に出ていた義士役の人たちに交って、欣喜雀躍して部屋へ帰って行こうとすると、大石主税の川口浩ほか裏門の撮影に残された連中はまだ後数時間の寒い撮影を思っていかにもうらやましそうな顔付で見送っているので、ふと思い出して云ったことでした。
「浩君、主役が裏門の総大将だったのは史実に残っているんだから、仕方がないよ」
よく江戸の仇を長崎で・・・と云いますが、さしずめ彼の場合は、表門の仇を裏門で討ったということになります。めでたし、めでたし。
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