「いやサ、お富、久しぶりだなア」の名セリフで有名な与三郎とお富の物語を、市川雷蔵、淡路恵子のコンビで描く大映京都『切られ与三郎』は、監督伊藤大輔のメガホンで快調のクランクをつづけているが、この二人が木更津の浜で初めて会って、ついに不義密通をおかすというこの物語の発端部分が、伊藤監督独特の慎重な演出でこのほど三日間にわたって撮影された。

 セットは料亭“きさらず”の二階、流しの旅芸人としてではなく、太夫として正座に構え、得意の“蘭蝶”を語る与三郎の雷蔵。神妙に聞き入るお富の淡路。やがて女中が酒とさかなを運んできて、「太夫、木更津の地酒でお口に合いますまいけど」と与三郎にすすめる。遠くから盆踊りのけいこをする若者たちの木更津句が聞こえてくるといった調子で、日本調満点のムードのうちにサカズキが重ねられていく。伊藤監督の合図で、移動車に乗ったベビー・レーンの上のカメラが、二人をなめまわすように動く長いカットだ。

 やがて、カメラは逆の方面から二人をとらえる。ほとんど“中抜き”のない演出だけに、一カットごとにカメラが移され、そのたびにライトが大移動するという大変な撮影である。やがて場面は最高潮━与三郎のほおに止まったカをあわててお富がチリ紙で押えてやるところ・・・。「太夫、わたしにいわせるの。女のわたしの口から?」とあだっぽいお富の目があやしく与三郎に投げかけられ、しばらく沈黙がつづく。そしてこんどはお富の顔にカがとまり、「フフ、こんどはわたしの番か?」与三郎はピシャリと打つが、そのとき燭台の灯が風に消え、二人の影が重なるように畳の上にくずれる。情緒たっぷりのメガホンさばきに、雷蔵と淡路も言葉少なに演技に没頭した。(西スポ 06/17/60)