休日は自転車でドライブ 

 

 話を変えよう。

 「雷ちゃん、野球シーズンになって嬉しいでしょう」私は訊ねた。「テレビにかじりつきでね」と雷蔵さん。「阪神ファンとしては、好調だから御機嫌ね」「残念ながら今シーズンに入っては、まだ球場に観に行ってないけど」でもね、と雷蔵さんは、「阪神には何となくの友達が多いんだ。並木君など友人であり、ファンでもある。今年も練習の頃に二、三度観に行ったんだ。そこで思うんだが阪神の期待は二軍の井崎君だね」

 雷蔵さんの野球熱はそうとうである。それに、こと阪神となると、玄人並にくわしい。

 「井崎君は、四年前の和歌山の新宮高校時代、高校野球で一世を風靡したんだ。以来今まで二軍でピッチングはしてたけど恵まれなかった。今年の初めは調子がよかったので、今シーズンこそと期待したけど、また腰が弱くなった。でもようやく、ぎくしゃくしたピッチングも此の頃ととのって来たし、夏にはカムバックすると云っているよ。僕は並木君のバッティングと、井崎君のピッチングに期待するね。そうなれば阪神は絶体だからね」

 雷ちゃんは、野球解説者の様に、よどみなく、云いまくる。それも、野球の話なら徹夜も辞さないといわんばかりの熱の入れ方だ。ただし御自分では余りやらない。観ている方が疲れず愉しむことが出来るとでもいうのだろうか。

 「でも、最近は、休日ともなればとても僕、健康なんだよ」

 雷蔵さんは、とっておきの話でもする様に、もったいぶって

 「特に、今頃は家の近所の新緑がきれいなんだ、療養所から広沢の池をとおって嵯峨野に出て、ざっと一廻りドライブすれば四時間半位かかる。休日の朝は必ずするんだ、気持いいよ」と云う。

 はてな、雷蔵さんは自動車を買ったのかな?そして四時間半もドライブとは余程途中で新緑の美しさに魂をうばわれて車を止まらせるのだなと考えこんでいると

 「それはまた、体の運動になるんで一挙両得だ。特に足の運動にね」と、雷蔵さんはまじめな顔だ。

 「ハア?」

 「僕の新車は、新車でも二輪車だよ。アハハ、、でも、そうだろう、健康的だし、第一爽快だよ」と大変な御満悦の様子。

 それにしても、俳優さんに自動車はつきものなので、雷蔵さんもまたその中に加えようとした私の方が、早ガッテンの不理解さだったと云えよう。

 でも、まだ雷蔵さんのサイクリングは、あぶなげであるとみた。雨あがりは、決して大事をとってそのニュー・カーには乗らないのだという。新車がよごれるのが惜しいのではない、スッテンコロリが恐いらしいのだ。決して冒険を好まぬ慎重派の雷蔵さんであれば、大いにうなずける。

 そんな休日の午後は、大てい映画を観に出かけるそうだ。それも一人でだ。今度クランク・インする雷蔵さんの仕事は『おしゃれ宿場(仮題)』である。

 「アメリカ映画の『グランド・ホテル』がヒントなんだ。時を徳川中期にもって来て、伊豆の宿場で客の中に金庫破りの盗賊がいるとあって、各々ケンギがかけられる話さ。秋頃には、ハムレットを徳川の城主にして映画化するよ。その僕の企画がたまたま企画部と一致したんだ。準備も着々と進んでいる」

 と、この秋の野心作に、雷蔵さんは一通りでない大きな期待と、俳優としての躍進をかけて笑顔するのだった。

  

 

 

(近代映画58年7月号)