大映で監督する山本薩夫

 監督の山本薩夫が大映で『忍びの者』を撮る。クランクインは九月十五日、公開は十二月といわれる。この映画の内容は次号にシナリオが掲載されることになっているので、ここではふれないが、彼、山本薩夫が五社という企業の中で仕事をするのは、東映で『雪崩』を撮っていらい実に七年ぶりだ、ということをここでは取上げたい。

 山本監督は、ご存知のように昭和二十五年、レッド・パージで東宝を退社し、その後は、山本プロという独立プロを自らつくり、数々の作品を発表してきた。日本の独立プロは元来、配給組織をもたないから近年はますます活動が困難になってきている。その責任の一端は五社メジャー系が独立プロの作品をその“思想”のゆえに締め出したことにもあるが、とにかく苦しみの連続であった。

 そんな中で、山本薩夫らは、こうした行き詰まりを打開しようと、全農映や日教組、松川事件対策協議会などに働きかけて『荷車の歌』『人間の壁』『松川事件』『武器なき斗い』などを発表、自主上映という方法をとって活動を続けてきた。それは確かに意義ある仕事であり、日本映画史にも残るものだが、これらはそう長つづきするものではない。全農映作品『乳房を抱く娘たち』を撮り終えた山本薩夫は日本テレビで連続ドラマ「其面影」などを演出し、それはそれなりに成果もあったろうが、ヒ肉の嘆をかこっていた。

 そういうところへ、こんど大映からご指名を受けたわけだが、それには永田社長の“思想と商売は区別すべきだ”という考え方が強く働いたともいわれる。独立プロによって、自らの好むところを進むのは大いに自分も満足し意義もあるが、そればかりでいくと、ややもすれば一面的になりやすいのではないかという危険は誰しも考えるところである。山本薩夫にとって、こんどのチャンスは大いに利用、企業内の仕事の中でどれだけ自分を出せるかを試してほしいのもである。

 『忍びの者』は前々からあたためていた企画だそうで、理屈ばらない面白い作品をというのが彼の考えだそうだが、いかにせん資金難で独立プロでの製作は思い止まっていたという。

 日本映画には多くの監督がいるが、衆目の見るところ、この人の作品ならと期待をもって迎えられるという監督は何人いるだろうか。そうした数少ない何人かのうちの誰一人でも仕事ができないでいるのは日本映画にとって好ましくない。五社はよろしく門戸を広げるべきであろう。聞けば大映は今井正監督と近く一本契約するとか。(キネマ旬報 No.322 62年9月下旬号)

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