藤村 俳優というのは、役によって化ける人と、化けずにいつも同じ顔の人と、二つに分かれますね。

星川 いつでも同じなのが、勝っちゃん。

藤村 勝さんのあの立派なお顔立ちは、どうやっても創りようがないのよ。雷蔵さんのほうは、普通の人のなかに入っても目立たないんですね。素が平凡な分だけ化けると凄い。勝さんは遊びに行くときもあのお顔でしたから(笑)

星川 顔の作りもそうですが、仕事への挑み方も、あの二人は対照的でしたね。雷蔵さんはスタッフがどういうものを作ろうとしているのかを、遠くのほうからじっと見極めようとしている。勝さんはその逆で、仕事にかかる前にイメージをまき散らす。ある時ホテルでお茶を飲んでいたら、勝さんが通りかかって、「何やってるんだ」と訊くから、冗談で「勝ちゃんの企画を考えていたんだ」って言ったら、どうしてもそいつを教えろという。こっちは別の話をしていたんだから、困ってしまって、「座頭市が赤ん坊を拾った話」と出まかせを言ったら、すっかり乗ってしまって思い浮ぶイメージを次から次へジェスチャーまじりでやりはじめる。待ち合わせの時間をほっからかし。とうとうキャンセルしてしまった。そういう人なんです。

藤村 本当に、あれくらい熱心な方はいらっしゃいませんものね。

星川 作品に対する予見というものが非常に優れている。これは勝さんの資質を知る上で面白い話だと思うから申し上げるけれど・・・。ある時、ホテルの部屋に夜更け勝さんから電話がかかってきて、ちょっと寿司でも食おうというんです。まあ仕方なく出ていって、寿司をつまみながら雑談しているうちに、私がドナルド・キーンさんの話をした。「近松を論じてドナルド・キーンさんは素晴しい。ろくでもない男女が死を決意して道行にかかったとき、背筋が伸びたっていう表現を使っていた。その、背筋が伸びるっていうのは日本人でもなかなか書けない」って言ったら、勝さんが台を叩いて「それだ!」と言うんです。私が書いた座頭市と瞽女が別れ去る話の結末を、それにしてくれといい出した。そこからが私と勝さんの仕事のやり方になっていくんですが、私は勝さんに「わかったから三日間待ってほしい。但し、でき上った物に対してあれこれと絶対に文句を言わないこと、約束すれば結末を書き直す」って言ったんです。それで三日後にもう一度念を押した。「削るならいくら削ってもいいけど、一言でも付け加えたら二度と勝さんとは仕事しないよ」って。そうしたら約束はきちんと守ってくれました。

藤村 いかにも勝さんらしいですね。

星川 でもそのあと困ったことが起きましてね、突然、「井上昭、どう思う?」って聞くから「素晴らしいじゃないですか」って答えたら、「そうだよな、昭ちゃん、いいよな、でもやっぱり俺が監督しよう」って自分で監督してしまった。後で井上さんが「いつだって勝っちゃんは、自分が気に入った脚本があると、俺から仕事を取り上げるんだ」って言っていた(笑)

和久本 それはテレビの「座頭市」の時のお話ですね。

星川 そうです。それからも大変、トラック連ねて、大雪の若狭に宿屋一軒建てて、撮影にかかりましたからね。瞽女役の浅丘ルリ子さんが、呆れたような顔して、「熱心な人ですねぇ」って言ってました。「勝ちゃん、予算はどうなってるの」と聞いても、「予算なんかどうでもいい」ですからね、会社潰れますよ。

藤村 口先だけではなく、それを本当にやってしまわれるところが凄い。

星川 勝さんにとって、本当に大切なのは、「仕事と遊び」なんですね。その二つには損得無し。そこがあの人の素晴しい資質だな。

藤村 私がテレビの「座頭市」に出演させていただいた時、勝さんの演出方法が普通の監督と全然違うんですよ。自分では気が付かなかった面が、知らず知らずのうちに画面に出ていて、びっくりさせられました。脚本なんてあってないようなもので、あくまで叩き台なんです。だからついていける人はついていけるけど、そうでない人はギブアップして降りてしまう。私はセリフなんて覚えてこなくたっていい、と言われましたね。セリフは覚えてしまったら後は慣れだけど、その場その場の状況を掴んだ上でなければ、本当のセリフは出てこないと言う事で、常に新しいシチュエーションをその場で作られてしまうんです。

和久本 現場に行かないと、何をやらされるか分からないというのは、俳優にとって不安ですよね。

藤村 支度したまま、一日待たされることがよくありましたね。嫌になってギブアップなさる役者さんもいるし、自分の脚本をめちゃくちゃにされて、納得のいかないライターの方もいらっしゃるでしょう。でも、どこかで勝さんを信じて、ついていったら虜になってしまいますよ。たとえば、リハーサルの時でもその場に立ったら一応演じてしまいますよね。それを隠し撮りしておいて、よいところだけ拾ってくださるから、まず女優さんはみんな綺麗なんです。それも作った綺麗さではなく、素の綺麗さを引き出してくれる監督って他にいませんよ。だから私は、勝さんに女性映画を撮らせたら天下一品だと思います。

星川 その女優さんのなかに、いつのまにか溜っている、夾雑物のようなものを全部そぎとってしまうんですね。女優のの使い方にかけたら、確かにあの人は天下一品です。

藤村 私にすっぴんで出ろっておっしゃるんです。それは女優にとって凄く怖いことなんです。だから分からない程度にどうらんを薄く塗るんですが、すぐ見破られちゃって、洗った顔のままでカメラの前に立たなければならないの。ところが画面には、素顔の良さ、美しさがちゃんと出ているんですね。だから女優は勝さんを信じてしまうんですね。