
大映『切られ与三郎』(伊藤大輔監督)のラストシーンが、このほどステージ内に大がかりな掘り割りのセットをくんで撮影されたが、そのもようを紹介しよう━。
京都撮影所内最大のステージに掘り割りのセットを組み、ロケ用の大型クレーンがドンとすえつけられ、天井からつり下がった通風口から流動パラフィンがもくもくと白煙をふき出す。スモークをたいていてはとても追いつけないとあって、冷房用の痛風口に仕込んだ特別スモークの使用となったわけ。
シーンは、義理の妹お金(富士真奈美)恋しさに、与三郎(市川雷蔵)が江戸に帰ってきたが、それがお金の嫁入りの当日。しかもそれが政略結婚であり、お金の不承知のまま強行されると聞いては与三郎もじっとしておれず、命をかけてお金を救い出す。そして、お金が義理の兄与三郎を愛しているとわかり、自殺したお金を抱いて与三郎は水中に身を沈めてゆく━というもので、二人が捕り手に追われながら自殺するまでがこのクライマックス。
まずお金が与三郎に心の中をうちあけるところ。台本にして四ページ分。これを二人の歩きに合わせてクレーンを移動させながら、一カットでおさめようという伊藤監督。
午前中かかってラィティングとリハーサルをやっとすませ、午後から本格的テストに入ったが、本番OKとなったのは四時すぎ。ふつうなら十数カットに分けるところだが、三分五十秒という長いワンカットでおさめてしまった。(写真)
翌日は、兄をしたって自殺したお金の死体を抱いて与三郎が海へ入ってゆくところ。(写真)ちょうど『情婦マノン』のラストシーンを思わせるような情景。伊藤監督が、ここでもクレーンを水中に入れるというもので、胸まであるゴムの長靴をはいたスタッフがその準備に大わらわ。
与三郎が水中に没しながら、「お金」と絶叫するとクレーンアップして月が夜霧にうるんでいるというわけだ。激情の人伊藤監督、自ら作った悲劇の人物に涙を流していた。(サンスポ・大阪版 07/06/60) |