市川雷蔵は今、三隅研次監督の演出で今年の初仕事『剣』に取組んでいるが、この作品は、三島由紀夫の同名原作小説を映画化するもの。原作は、ある大学剣道部を舞台に、男ばかりの世界を三島氏独特の美学で描いたものだが、映画では、主人公にからむ重要な人物として、一人の女子大生を登場させることになり、色々、選考を重ねた結果、このほど藤由紀子の起用を決定。藤は、直ちに京都撮影所入りして、雷蔵、三隅監督と打合わせに入った。
雷蔵、藤の共演は、これが三回目。いずれも京都撮影所での仕事だが、現代劇での仕事は今度が初めて。三島作品だけにシナリオ化に当って、脚本家の舟橋和郎と三隅監督は慎重に事を進めたが、“原作にない”この女子大生を映画に出すことについては、原作者は無事にO・K。案ずるより産むがやすしで、関係者はやれやれと胸をなで下すという一幕があった。文字通り、思わぬ大役が転がり込んで来た藤由紀子だが、久しぶりに顔を合わせた雷蔵と、それぞれ次のように語った。
雷蔵 「お正月は日生劇場の公演に参加していたが、合い間合間を見て、原作者の三島さんや三隅監督に会って話していたので、準備期間はかえって、続けざまに映画に出ている頃よりうんと取れたわけだ。千穐楽の後直ぐ、学習院と慶応の剣道部の関係者に会って、話を聞いたりして、一日も遊ばずにすぐに京都に飛んで来た。久しぶりの現代劇。それも、昭和三十九年、現在同年という現代劇なんだからやり甲斐はあるが、反面、大変難しい。僕としては、主人公の現代稀にみる力強く、たくましい精神に大いにひきつけられました。『炎上』(33年)以来、久しぶりの三島さんの原作ものですから、大いにファイトを燃やしています。」
藤 「思いがけないお話で本当にびっくりしてしまいました。女子大生というのは初めてです。雷蔵さんとは二本(『手討』『妖僧』)御一緒させていただきましたが、二本共、いわばラブロマンスなので、今度とはまるっきり内容が違うわけです。正直云って、まだ役がはっきりのみ込めていないのですが、豊かな家庭に育って、女子大生としては割合派手な格好だけど、その中に学生らしい清楚な雰囲気を出して、と三隅先生には云われています。剣道部という男の世界にポツンと只一人出てくる女であり、雷蔵さんの主人公を女の魅力で試すというような、原作に出て来ない人物なので、なかなか、イメージがつかめなくて・・・、三隅先生のきびしい御指導におまかせしています。」