三島由紀夫の原作小説を映画化する、大映の異色文芸大作『剣』は、三隅研次監督のメガホンで快調に撮影を進めている。この作品は雷蔵にとって久々の現代劇で、大学の剣道部を舞台に、現代青年の異様な人生の取組み方を描いたもの。三島由紀夫がとぎすまされた剣の世界を題材に、独得の問題を提起したものとして、大きな反響をまき起している。

 雷蔵の扮する主人公、国分次郎は、少年の頃、太陽とにらめっこした経験を持ち、正しく、強く生きることだけを人生の目標にする男。その手段として、“剣”にすべてを賭け、学問も肉体の享楽も放棄する。彼のこうした強さを誘惑する為に、学内ナンバーワンの女子大学生の藤由紀子や、同級生で享楽風の部員の川津祐介が登場する。しかし、新入生の部員、長谷川明男は、このキャプテンの生き方に全的な美惑を寄せ、偶像のように崇拝、彼について行こうと懸命に努力する。

 剣道部を題材にした作品は、これまでなかっただけに、未開拓の分野に取組む三隅監督は、大変な苦労。六段の有識者を招き、色々指導を仰いでいるが、若い俳優など、面、籠手のつけ方から教わらねばならないので、シンがつかれることこの上ない。時代劇と違って、派手な殺陣をみせるわけではなく、きびしく、烈しい確実な剣道をリアルに描こうというだけに、三隅監督の演出も、厳格そのもの。きびしい声で、何回も納得の行くまでテストを重ねる。

 濃紺の剣道着に、三つ葉リンドウの紋を金泥で描く黒胴を身につけた雷蔵は、この作品に寄せる意欲そのままに、時間の合間合間には、道場のセットの片隅で、一生懸命に素振りのけい古に励む。「先生は“しぼれ、しぼれ”と云うけど、なかなか難しいネ」と振り下した時の手首の使い方に、なかなか納得が行かない様子。一方、長谷川明男も「こんないい役をもらったのは初めてです。映画の仕事は三本目ですが、TVと違って、たっぷりテストをやって頂けるので、その点大いに演技的に勉強になります。三隅先生と雷蔵さんに、うんと叩いてもらうつもりで、ぶつかります。」とファイト満々。純粋さに憧れる下級生、壬生に、一生懸命取組んでいる。