市川雷蔵は、現在、日生劇場の新春公演“寿大歌舞伎”に出演中だが、公演終了後、本年度第一作として、三島由紀夫氏原作の『剣』(三隅研次監督)に取り組むことになった。
雷蔵の現代劇出演は、『炎上』『ぼんち』につづいて三本目、いずれも、ベストテンに入る秀作に結実。中でも、同じ三島由紀夫氏の原作小説「金閣寺」を映画化した『炎上』は、雷蔵自身にとっても、主演男優賞を受賞するなど、俳優としてのエポック・メーキングな作品だっただけに、今度の作品に賭ける彼の意欲は大変なもの。忙しい公演の合い間をぬって、三隅監督と入念な打ち合せを行っている。
主人公は、ある大学の剣道部キャプテン。“一冊の本も読まず”(原作)、遊び事にも目もくれず、ただ、ひたすら、剣に心を凝らしているといった異様な人物。純粋に生きようと念じ、部員をきびしく統率して行くが、下級生の部員は、彼を偶像的に尊敬する半面、同級生の賀川という現代的なタイプの部員は、彼のあまりにも純粋な態度に反発して行く。最後に、ある夏の強化合宿で起った一つの事件の後、主人公は唐突に自殺を遂げる。原作では、一人の女性も登場しないが、シナリオでは、主人公にからむ女子大生を登場させる予定。
クランクインは、一月末だが、雷蔵、三隅監督は、それぞれ、次のように語っていた。
雷蔵 「太陽族やビート族ばかりでなく、こういう純粋さを求めている男も現代青年だということを、この作品で訴えたい。この原作は、最も三島さんらしい作品だと思う。剣道部の話だけど、対抗試合の為、強化合宿をしているわけだが、その場面は出て来ない。テーマには、あまり関係がないのだから、作品の幅が出るのであればべつだけど、無理に、このシーンを出す必要はないと思う。下手をすると“大学三羽烏”になる。主人公は精神の美そのものだが、それだけに心理的な動きを出す演技は難しい。シナリオが大いに問題になって来る」
三隅 「原作にない女子大生を出すことになったが、この人物は、学生達の間のマドンナ的な存在の実存主義者にしたい。副人物、賀川にそそのかされて、性関係を迫り、主人公を誘惑するメフィストフェレス的な役割になる。主人公の性格については、幼い頃、太陽とにらめっこした。という原作の設定があるが、強く、正しくという単純な生き方をしようとするのが、何故美しいのか、ということがテーマの追求になる。ラストの主人公の死は、原作では文学的に判るのだが、その点、映画の場合、別な説明の暗示を作らねばならぬので大変難しい所だ。」