大映の異色現代劇大作『剣』は、三隅研次監督の油の乗り切った演出で、いよいよ快調の撮影を進めているが、このほど、久しぶりの快晴の一日、京大裏の吉田山にロケを敢行、雷蔵の剣道部主将が愚連隊と渡り合うシーンを撮影した。
この作品は、三島由紀夫の原作小説を映画化するものだが、夏の暑い盛りのドラマだけに、極寒の今日この頃では、強烈な太陽光線に恵まれることが少なく、数多いロケーション・シーンの消化に頭を痛めている。
この日のロケーションも、延々十五日間、毎日待機を重ねていて、やっと出発出来たもの。それだけに、三隅監督以下、スタッフ一同このチャンスをフルに使うべく、大車輪の動きぶりを見せるが、しかし、時折り、早い雲足に包まれて、撮影中断の止むなきに至ることがしばしば。
現場は、吉田山の山頂の展望台附近、市内全部を、一望の下に見渡せるという見晴らしの良さは最高だが、それだけに、周りにさえぎる物のない現場なので、寒風がビュービュー吹き荒ぶ、けい古を終って、大学の裏山に登って来たという感じのシーンなので、雷蔵は、剣道着一つという軽装。手や足、胸など、露出している部分は既に紫色に変色しているが、衣裳のすき間からさし込んで来る身を切るような冷たさに、思わず、悲鳴をもらす。そんなことにはおかまいもなしに、三隅監督「汗を十分にかいておいてくださいよ」と、無慈悲に顔や胸元に水をかけさせる。「これじゃクランク・アップまでには肺炎になって死んでしまいますよ」と雷蔵はおどけるが、三隅監督の演出には全幅の信頼を置いているだけに、この苦行をたえ忍んでいる。
このシーンは、大学の構内に入り込み、伝書鳩を空気銃で射ち落した愚連隊と、雷蔵主将が対決するくだり。原作でも、最も、入念に書かれているシーンだ。「おいその鳩をこっちに返せよ」「返せとは何だ」と渡り合ううち、愚連隊は。手にした銃を雷蔵キャプテンに狙いをつけ「いいのかよ」と脅迫する。この時、電光石火の如く、雷蔵の竹刀が伸びて、相手の銃を叩き落すわけ。
「一瞬の技だけに、動きのつかまえ方が問題だ」と三隅監督は、何回となくテストをくりかえす。左手に鳩を抱え、右手一本を使っての動作だけに、“四段”の雷蔵主将もなかなかやりにくそう。しかし、次第に形が決まって来て、本番は、太陽光線の微妙に変って来た所で、見事OK。「寒くてたまらないから、思い切り動いていたよ」と雷蔵は、茶目っ気たっぷりに語っていた。