菊地寛不朽の名作といわれる「忠直卿行状記」が、大映の芸術祭参加作品として、監督森一生、主演市川雷蔵のコンビで映画化されているが、酒乱にふけり、女を犯し、家臣を切りすてた悪名高き暴君を主人公にしたいわば“残酷物語”時代版といわれる作品だけに、クランクそうそうから、初顔合わせの山内敬子を相手に、早くも雷蔵忠直卿の乱行が始まった。

 家康の孫と生まれ、大坂夏の陣で武勲をたてた越前六十七万石の藩主松平忠直卿は、武勇を愛好m城下でも並ぶものがないほどの腕をもち、名君の誉れ高い青年大名であったが、ふとしたことからそれが部下の追従ではないかという疑いを持ち、ついに別人のように狂乱な行動がつづくようになる。ヤリ試合でいつも自分が勝つのは、家臣がわざと負けているのではないかという懐疑の目は、しだいに忠直卿を人間不信に追いやるのだが、なにごとも信じられなくなった 彼は、さまざまな行動を通して自分の手で真実をつかもうと悩みつづけるわけだ。

 雷蔵と初顔合わせする山内敬子は『鎮花祭』出演のためデットインがおくれていたが、京都に来るそうそうから雷蔵に犯されそうになるというきわどい撮影にやや面食らったようす。彼女の役は志津という腰元で、忠直のそば近く仕え、身辺の世話をしながら殿を心から敬慕している女。その後、忠臣浅水与四郎と結婚するが、忠直の乱行がようやく人心に不安を与えていることを知り、単身お城におむむき、殿をいさめようとして逆に操を奪われそうになる。

 「もっと顔をみせろ、美しゅうなった、におうような新妻ぶりだな」という忠直に、志津はいくぶん顔をあからめるが、やがて、「志津おれのものになれ」という間もなく手を取ってかき抱こうとする忠直に、「いけませぬ」と叫ぶ志津の満身の力が彼の激情をさらにかきたてる。「志津、手向かいするか」とつかみかかるが、彼女の必死の抵抗がつづく・・・。

 雷蔵は、「どうもこういう役ばかりがつづくと、雷蔵はよほどの色魔だと思われるかもしれん」と冗談口をたたきながらも、時代劇に不慣れな山内をなんとなくいたわりながら、親切な指導ぶりをみせている。

 「雷蔵さんってすごく毒舌家だと聞いていましたが、随分ご親切な方ですネ」と笑う山内だが、時代劇は松竹時代に『花の番隨院』に一本出ただけという彼女は、まだなんとなく身につかない。時代劇の雰囲気に一日も早くとけ込もうとする真剣なまなざしがスタッフの注意をひいていた。

 なお雷蔵は、「念願の企画だけに、このむずかしい題材をなんとか成功させたいという気持ちで一杯です。いつの場合も同様ですが、とくに今度は一シーン、一カットもおろそかにせず、スタッフの人たちと慎重なディスカッションをつづけながら、撮影を進めています。わたしとしてはセリフもつとめて説明的なものは避けて、心理を伝えるようなものにかえ、またサムライ言葉をさけながら、格調を落さぬようにといろいろ苦労しながらも、毎日毎日のセットが楽しみです」とたいへんな張り切りようだ。

(西スポ 11/02/60)