=舞台= 「楽屋のみんなの仲がよすぎてるので、困っちゃうくらいよ」と原作から、脚色、演出まで一手にひき受けている有吉佐和子さんがボヤいていたが、どうして、舞台上の山田五十鈴、司葉子の対立はすさまじい限り。 寝室にしのんできた加恵の胸に、青洲が手を入れて、激しく乳房をもんでいるところへ、スーッと音もなくはいってくるしゅうとめの於継。 「麻酔薬の実験にはどうしても私を・・・」と互いにゆずらぬ場面では、於継がたじたじになるほどで、原作にくらべ、加恵の意思はいっそう強烈だ。 「加恵の立ち場は、小説よりずっと強くなっているのよ。葉子ちゃんもこの二、三日でぐっと強い女に成長してきたし・・・。小説のラストの加恵は恥じ入っている感じだけど、舞台の幕切れは“これでいいんだ”と、デンと構えた加恵になっています」と有吉さん。 =映画= 大映京都撮影所で、増村保造監督が映画化中。同じフィルムでも、テレビは茶の間と直結するので、手術シーンや麻酔薬人体実験は、かなりはしょっているが、映画では具体的に描くもようだ。原作と違った点を増村監督は、四つあげている。 @嫁としゅうとめの争いから別の問題を掘り下げる。 A小説の青洲よりも史実の青洲を出す。また原作の青洲像がアイマイだが、映画は青洲にかなりウエートを置く。 B加恵が晩年、しあわせになったところで終える。このほうがあと味が良い。 Cあくまで映画の『華岡青洲の妻』をねらい、配役も小説のイメージとかなり違う。あくまで創作である。 =テレビ= 十一月六日から、NETテレビ系で十回にわたり放送。単純な青春ものや、ホームドラマといった家族単位で見られるドラマに人気が集っているテレビは、青洲をはさむ母と嫁との心理かっとうを描いた、重い原作の処理には苦労したようで、まずスジをわかりやすくするために、「青洲の人間像を描くことにウエートをおいた」というのは、脚色者・成沢昌茂氏。さらに理解の手がかりにとの配慮から、観客の目としてのナレーション(芥川比呂志)も使っている。 (西スポ 09/06/67) |