三隅 こんどはまた先生に本をごやっかいになるなんて、申し訳ないです。けれど、ふつう先生の本といえば手も入れずいただくだけですが、こんどはできるだけ自分の魅力と個性をプラスさせていただきます。だからセリフもいじるし、シーンの設定もおきかえますから、その点かんべんしてください。

 衣笠 いいよ。監督は現場が大切だ。やりやすくやれよ。だがテーマだけは、おたがいによく話しあったんだから、まげないようにたのむよ。━しかし君はしあわせなヤツだ。大作ばかり手がけてるね。『白子屋駒子』についで、『大菩薩峠』なんて、ふつうならやらせてもらえないぜ。『白子屋駒子』の女の魅力から、『大菩薩峠』の剣の魅力に百八十度移るんだから、大変だろうが、監督としての地位を確固たるものにするためにも、しっかりやれよ。

 三隅 『大菩薩峠』はあまりにも有名なだけにシンドイですね。伝次郎、千恵蔵、それに新国劇の沢正、辰巳というりっぱな先輩連がいるだけにね。いままでの竜之助スターとちがって、ちょうど雷蔵は原作の竜之助と同年齢ですしね。顔かたちからくる面をなんとかあわして、雷蔵の新しい魅力をひき出してみたいと思っています。例の“音無しの構え”は、森田師範について指導をうけ、剣の状態をも出すくふうをします。

 衣笠 『大菩薩峠』の主演スターは、かなりしぶい剣豪という印象がつよい。脚色にあたって、原作を読みなおしたが、スケールが雄大で、構成にいろいろ教えられるところがあった。虚無の味が主体になっているが、それ以上にいままで忘れられていたロマンチックな面を強調しなければならんと思う。さいわい雷蔵という若い竜之助以下、山本、本郷、玉緒というフレッシュメンバーがそろっているし、君も若いし、いままでのものよりうんと“若さの魅力”を出せるものができると思う。それを出せるようにシナリオを意識して書いたつもりだ。まあこんごも周囲の意見を入れて、決定稿を作るつもりだから君もどしどし意見をいってくれよ。

 

 (サンスポ・大阪版 09/02/60)