『なみだ川』(原題 “おたふく物語”山本周五郎原作)が、期待以上の出来だった、というのでこのところ明るい空気につつまれた大映京都撮影所は、二十八日から『なみだ川』と併映封切る、有吉佐和子原作の『華岡青洲の妻』一本に全力をそそいでいる。

 女流文学賞を受けた原作は、舞台、テレビドラマ、映画と競作の形になり、主演者たちは「それぞれ違いますから」といいながらも、意識するのは当然。みんな「負けられないワ」と、嫁しゅうとめならぬ芸の勝負に張りきっているという。

 華岡青洲は、江戸時代に初めて全身麻酔による乳ガン手術に成功した、実在の人物。有吉佐和子は青洲の伝記を読むうち、青洲の美しい母と嫁が、カゲの力をつくしたことを知り、これを青洲の愛を奪い合う女の争いにしたもので、麻酔薬人体実験のモルモットになろうと美しいことばのうらで、二人の女が激しく争う場面が、クライマックスになっている。

 しかし、映画の増村保造監督は、「後世に“医聖”として伝えられる青洲自身の人間像を正面に打ちだす。かれの医者としてのきびしい姿を追求することによって、嫁としゅうとめの争いがいかに無意味で、小さいものであるか、ということをうかびあがらせる」といっている。 青洲の市川雷蔵も、「母と妻のかっとうは知っているが、もっと高い次元で医学者として苦しむ男を演じたい」という。

 青洲の母於継は高峰秀子、嫁加恵が若尾文子。

 終了ちかい撮影所のセットは、建てっぱなしの青洲の家。その中に青洲の部屋、居間、台所などが撮影のたびにすばやく掃除され、カメラが移動する。いままでこうこうとライトがついていた部屋は、たちまち物置きにかわり、ライトのコードが、ヘビのようにとぐろを巻いて、足のふみ入れるところもない。薄暗い部屋のすみでは、カメラポジションがきまるまで、花嫁衣装の美しい若尾文子や、紋付き姿の高峰秀子、伊藤雄之助が雑談に花を咲かせている。夫となる雲平(後の青洲)が、医学の修行に京都へ遊学中に加恵はとついでくる。

 雲平の父直道(伊藤雄之助)は、加恵を前に雲平が生れたときの喜びを語るシーンが、これからはじまろうとしている。伊藤雄之助、高峰秀子、 直道の弟子良庵(伊達三郎)、雲平の妹小陸(渡辺美佐子)、於勝(原知佐子)、それに白ムクの花嫁衣装をまとった若尾文子の加恵がすわる。しかし、カメラはなかなかまわらない。雄之助の紋付の紋の新しいのが気にいらない増村監督が、カメラをのぞいてはさかんに注文を出す。直道の長く重たいセリフが、なんどもなんどもセットのなかにひびきわたる。映画づくりとは、スクリーンを見ている人にはわからない苦労が、一コマ一コマにこめられているのを、いやというほど知らされる。ことに、年に一本か二本という大作になると、みんなの目の色もかわっているようだ。

 大映京都には、『義仲をめぐる五人の女』いらい十一年ぶりに出演する高峰秀は、十二歳から六十四歳までの女。「一生ものの映画はとてもたいへん。どこからでもやれるように、撮影がはじまるまえから自分で作りあげておくのがコツです。こんどの映画は、和歌山の方言が出てくるし、たいへんお行儀のいいおしゅうとめさんだし、また京都がとても暑かったのでさながら三重苦でした」という。

 

 たったいま、白ムクの花嫁衣装をつけていたかれんな加恵は、こんどは丸まげに結い、マユを落としたお内儀スタイルであらわれた。「たいへんですねぇ」というと、「高峰さんがいろいろ教えてくださるの。いままでわたしひとりの映画ばかりでしたから、とても勉強になるんです。加恵はしゅうとめに対抗するというのではなく、夫を愛し、尊敬しているかわいい女だと思ってやっています」と、役づくりに懸命。仕事の上のおしゅうとめさん高峰秀子にも、よくつくしている様子で、二大女優の顔合わせに神経をとがらせていたスタッフをホッとさせた。(西スポ 10/08/67)

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